中心をお客様ではなく自分自身に持ってきたとき、落語家の私の高座が変わり、お客様の反応も良くなった

活動ブログ

2024/01/24

若い男性17
年齢

30代

性別

男性

私は落語家で、23歳のときにこの世界に入りました。

最初は下働きのため、掃除や師匠の着物一式の入ったカバンと、自分のカバンを持ちながら満員電車に乗ったり、毎日大きなやかんにお茶を入れて配ったりと、利き手の右手をフルに使いながら年季勤めをしていました。

睡眠時間は平均4時間、365日休みなしのそんな不規則な生活が3年間続きました。


最初の1年ほどたった頃から、右肩から首筋にかけて凝りや痛みが走り、肩が鉛のように重くなり、腕を上げるのもその重さで上げにくくなったり、全く血が通っていないような感覚が続いていました。  

また常識も全く違う世界のなかで、人間関係でも個性の強い先輩後輩たちのなかでのストレスも多く、理不尽さを感じながらもどうすることもできませんでした。


体は疲れ、常に眠く、しかし休むこともできず、規則は守らなければならないという生活のなかで、どんどん自分を置き去りにしていってしまいました。  


まずこの肩をなんとかしなければならないと、接骨院に通って、症状を取り除こうとしました。しかし体に打たれる鍼に激痛を覚え、細胞が「やばいな」とサインを出しているのがわかると、案の定、右肩はますます悪くなってしまい、細胞が拒絶しているのがわかったために2回で通うのをやめてしまいました。  


次の新たな治療法を探しているときに、内海先生の御著書を書店で見つけ、MRTへ行ってみることにしました。  


・原因を内に求めたときに、気付きが多くなった

1回目の治良(仙骨無痛療法)で、肩凝りや痛みがほとんど消えたことに驚きました。


首筋の症状は3回で完全に消え、1年後に再び重い感じが戻りましたが今はまったくありません。治良(仙骨無痛療法)の回数を重ねるごとに、症状の軽減だけではなくいろいろなことに気付くようになりました。つまり、肩凝りや痛みを生み出した自分の過去の行動や意識に目が向くようになったのです。  


たとえば、怒られたり注意されたりすると“コノヤロー”と思ったり、注意してきた相手を憎んだりしていました。

そのときは、なぜ怒られているのか、注意されているのかに目が向かず、自分が怒られたことそのものに不快な気持ちでいました。


ところが今では、過去に理解できなかったり、こだわっているものがあったために、怒られたり注意されたりする現象があったのだなと思うようになりました。

そして、現象をなんとかして変えようとする自分の思い込みや思い上がりに原因があることに気が付きました。  

不規則な生活も付き合いの酒が原因ではなく、誘いを断れない自分の弱さが原因だと感じています。  


それからは精神的にかなり楽になり、むしろ怒られたり注意されたりすることで自分の内側に目が向くようになりました。  


・仕事に中真観覚を生かす



さて、次は仕事面です。  「その場の雰囲気を一瞬でつかむのが中真観覚」とRTの先生がおっしゃっていましたが、最近この言葉の意味がようやくわかってきました。  


私の職業である落語を例にあげますと、客の受けのいい落語家ほど、その場の雰囲気をつかみ、それに合わせた口調や声の大きさ、ネタを自在に操っています。



例えば人数が少なく、ほとんど笑わない客の前でしたら、静かな口調で、笑わせる噺より内容を聞かせ、笑いのツボにきたときに確実に笑いをとるといった感じです。

究極的には、自分の中真観覚が発露されれば、その場の雰囲気を瞬時につかみ、どのようにでも客を操ることができるのだと思います。  


今までやみくもに声を張り上げていましたが、最近はその場の雰囲気の中真をつかむことがおぼろげながらわかってきました。  

まだまだおぼつかない中真観覚ですが、落語を通し、自分の人生で自由自在に使えるようにしていきたいと思います。